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東京高等裁判所 昭和53年(行コ)19号 判決

東京都品川区旗の台六丁目七番一六号

控訴人

小川保人

右訴訟代理人弁護士

関口保

東京都品川区中延一丁目一番五号

被控訴人

荏原税務署長 小林康男

右訴訟代理人弁護士

国吉良雄

右指定代理人

三上正生

新保重信

牧憲郎

右当事者間の昭和五三年(行コ)第一九号所得税更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和四五年三月一四日付で控訴人の昭和三九年ないし同四一年分の各所得税についてした更正のうち、昭和三九年分について総所得金額一、二〇五万九、三三二円、同四〇年分について総所得金額一、二七一万九、〇〇一円及び同四一年分について総所得金額九一三万二、八〇二円をそれぞれ超える部分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(主張)

一  控訴代理人

(一)  利息制限法第一条第一項は、金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約は、その利息が同項に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分につき無効とする旨定めており、同法第二条は、利息を天引した場合において、天引額が債務者の受領額を元本として同法第一条第一項に規定する利率により計算した額を超えるときは、その超過部分は元本の支払に充てたものとみなす旨を規定している。すなわち、利息制限法所定の利率を超過する部分の利息(以下「制限超過利息」という。)は、その支払の事実発生と同時に元本の弁済に充当されるのである。したがって、本件のように、利息天引の場合における制限超過利息は、天引と同時に元本の支払に充てたものとみなされるから、元本弁済の充当なるものは、本件各更正がなされた後に発生したものではない。

そうでないとしても、控訴人が訴外泰明観光株式会社(以下「泰明観光」という。)から収受した制限超過利息を含めた利息収入は、被控訴人が法定利率を超過した利率によって推計算出していることによっても明らかなように、本件各更正の時点において既に、後日制限超過利息に該当する所得がなかったものとして処理されることを予見し得たものであるから、右各更正は、その超過利息が元本に充当されることが確定した場合には更正時に遡及して取り消されることを前提とした課税、すなわち違法性を内蔵した賦課処分というべきである。

(二)  元来、更正の請求なるものは、申告、更正又は決定に係る課税標準等につき、納税者側からその是正を求める一方式であって、納税者の救済に資することをねらいとするものであるから、異議申立てあるいは審査請求をしている者については、その不服申立てに追加してこれを求めれば足りるものと解すべきである。けだし、審査請求に対する審理においては、法律上の原則としていわゆる総額主義が採られているのであるから、審査請求に補足して追加請求をすれば十分であるといわなければならない。現に、東京国税不服審判所の担当審判官も、そのような解釈のもとに控訴人の右追加請求を受理したのである。また、国税通則法第二三条が絶対的要式行為を定めたものであって、更正の請求は所轄税務署長に対し更正の請求書を提出してしなければならないものであるとするのであれば、国税不服審判所長は、控訴人の右請求を却下するか、所轄税務署長に移送すべきものであったのである。

二  被控訴代理人

(一)  所得税法上課税の対象となるべき所得とは、課税の原因となった行為が当事者間で有効なものとして取り扱われ、これにより現実に収益が生じていれば足りるから、制限超過利息、損害金の約定がなされ、これによって収受された利息、損害金が当事者間において元本に充当されることなく取り扱われていた以上、その全部が課税の対象となるべき所得とされるのである。本件における制限超過利息は、控訴人の本件各係争年分の雑所得たる収入金額を構成するから、これを収入金額と認定した本件各更正に何ら違法は存しない。

なお、所得税法は暦年課税主義を採り、その年の一月一日から一二月三一日までの間に債権債務の確定したものをその年分の収入金額及び必要経費としてとらえるのであるから、その年の経過後に発生確定したものは、右の収入金額及び必要経費に含まれない。控訴人の主張するように、控訴人が本件各更正後に制限超過利息の返還、元本充当について同意したため、いったん取得した経済的成果を失ったとしても、それは右更正後に生起した事実であるから、そのような後発的事由をもって本件各更正の違法事由とすることはできないし、また、そのため本件各更正が遡及して違法となるものでもない。

(二)  申告、更正又は決定によりいったん適法有効に成立、確定した所得税の課税標準等又は税額等(以下「課税標準等」という。)につき、後発的な事由によってその過大であることが判明した場合に、これを納税者の有利に変更するには、納税者において、国税通則法第二三条、所得税法第一五二条の規定により、税務署長に対し、一定の事由を記載した更正請求書を提出して更正の請求をし、これに対する応答として、税務署長において、調査の結果、更正をして課税標準等の是正を行い、又は更正をすべき理由がない旨を右納税者に通知することとなるのである。

ところで、控訴人は、本件各更正に対する審査請求についての審理の段階で、東京国税不服審判所長に対し「利息制限超過部分の返還請求書」と題する書面を提出したが、右書面は、被控訴人に対して提出されたものではなく、また、更正請求書の記載要件を具備しているものでもないから、更正の請求があったものと認めることはできない。

控訴人は、右のとおり、被控訴人に対し法令に基づく更正の請求をすることなく、したがって、被控訴人のこれに対する判断を得ていないのであるから、その手続を経ないでした控訴人の右主張は失当である。

また、控訴人は、本件において、更正の請求をすることが可能であったのにかかわらず、これをしなかったのであるから、これとは別途に争訟による請求を行うことは許されないものというべきである。何となれば、更正の請求が可能であるのにしなかった場合において、もしこれとは別に争訟による請求が許されるとするなら、国税通則法、所得税法上の更正の請求に関する規定は空文化するのみならず、納税者の恣意を許すこととなって手続の適正を期し難く、現行税法体系を崩すこととなるおそれがあるからである。

理由

一  控訴人が昭和三九年分ないし同四一年分の所得税についてした各確定申告、同三九年分の所得税についてした修正申告及びこれらについて被控訴人のした各更正並びに控訴人の異議申立てについてした各決定及び控訴人の審査請求についての裁決の経緯が原判決添付別表一の(一)ないし(三)記載のとおりである事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各更正に、控訴人が主張するような違法があるかどうかについて判断する。

(一)  控訴人の本件各係争年分の不動産所得及び給与所得の各金額が原判決添付別表二記載のとおりであること、及びその雑所得がいずれも貸金の利息として収受したものであること、泰明観光以外の各取引先からの収入金額及び必要経費の金額がそれぞれ引用に係る原判決事実摘示三の2の(一)ないし(三)の各(1)の〈2〉及び(2)記載のとおりであること、並びに控訴人が泰明観光から右(一)ないし(三)の各(1)の〈1〉記載の金額の利息を収受した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  控訴人は、泰明観光は昭和四七年五月八日控訴人に対し制限超過利息の返還を請求し、控訴人においてこれを承諾した上泰明観光に対する貸金元本の弁済に充当するものとして処理したから、本件各更正は違法である旨主張するが、仮に控訴人の主張するように、制限超過利息につき元本充当等の処理がなされたとしても、控訴人の右主張は失当である。その理由は、次のとおりである。

(1)  利息制限法所定の利率を超過する利息の支払契約は、それ自体が無効であり、たとえそれが任意に支払われたとしても、残存元本に充当され、なお余りのある場合には、債務者において不当利得としてその返還を請求することができるから、債権者が右利息を法律上有効に保有し得る権利を有するものではない。 しかしながら、利息制限法が存在するにもかかわらず、同法所定の利率を超える高金利契約が結ばれてその約旨どおりの利息が支払われ、債務者において同法による保護をあえて求めることをしない事例の少なからず存することは否定し難いところであり、このように当事者間において制限超過利息が元本の弁済に充当されたものとして処理することなく、依然として従前どおり元本が残存するものとして取り扱っているような場合には、債権者に現実に収益の生じていることは明らかであるから、これを所得税法上課税の対象となるべき所得とするのは当然のことというべきである。してみると、利息制限法が、制限超過利息は元本の支払に充当したとみなす旨を規定していることからといって、所得税法上においても、制限超過利息はその支払と同時に元本の弁済に充当されたものとして取り扱うべきものとすることはできない。

本件において、被控訴人は、控訴人が泰明観光から収受した制限超過利息は控訴人の本件係争年分の雑所得を構成する収入金額と認定して、本件各更正をしたのであって、右処分の適否は処分当時の事実状態を基準として判断すべきものであり、処分後の事情をしんしゃくすることは許されないから、仮に控訴人の主張するように、控訴人が収受した制限超過利息について、その後元本の弁済に充当するなどの処理をすることにより、いったん取得した経済的成果を失ったとしても、それは本件各更正後に生起した事実にすぎず、したがって、そのため右の各更正が違法になるという筋合いのものではないのである。

(2)  制限超過利息を収受した債権者が現実にこれを保持し得る場合があること、後日債務者において利息制限法に基づく保護を求めるに及んだ場合には、後に説示する更正の請求によって課税処分の是正が図られていることにかんがみると、本件各更正は、その処分時において、他日制限超過利息を元本の弁済に充当することが確定した場合には当然これに該当する所得がなかったものとして処理されることを予見し得たものとはいえないし、課税時に遡及して取り消されるべきことを前提とした違法性を内蔵した処分であるということもできない。

(二)  次に、控訴人の主張する更正の請求の点について判断する。

原審証人中稲一馬の供述によって成立を認める甲第四号証によると、控訴人は昭和四七年五月一九日東京国税不服審判所長に対し「利息制限超過部分の返還請求書」と題する書面を提出したこと、及び右書面は、泰明観光が同月八日付で控訴人に対し制限超過利息の元本弁済充当を要求し、同月一〇日控訴人においてこれを承諾したというものであって、その内容は、泰明観光において「昭和三九年から同四一年までに貴殿に支払った利息のうち、昭和三九年分一二九万四、二九二円、昭和四〇年分六五一万六、七二四円及び昭和四一年分一、七五七万二、四五八円の計二、五三八万三、四七四円については、利息制限法超過部分でありますので、これら制限超過部分は元金である七、四〇〇万円の一部返済に充当してくださるようお願い致します。」と記載し、その下に、控訴人において「上記については異議ありません。」と記載したものであることを認めることができる。

ところで、申告、更正又は決定に係る所得税の課税標準等につき、後発的事由によりその過大であることが判明した場合、これを納税者の有利に変更するには、国税通則法第二三条、所得税法第一五二条の規定に基づき、納税者から所轄税務署長に対し、その請求に係る更正前の課税標準等、当該更正後の課税標準等、その更正の請求をする理由、当該請求をするに至った事情の詳細その他参考となる事項及び所得税法施行令第二七四条に定める事実の生じた日を記載した更正請求書を提出して更正の請求をしなければならず、これに対し、右税務署長は、調査の結果課税年度における実所得が後発的事由により過大であることが判明したときは、いったん生じた経済的成果(過大部分)が当初から存しなかったものとして課税標準等を算定し、それに応じて課税処分の全部又は一部を取り消すなど、更正によってその是正を行うこととなるのである。

ところが、控訴人が東京国税不服審判所長に提出した前示「利息制限超過部分の返還請求書」と題する書面が単なる証憑書類にすぎないものであることはその記載自体に徴して明らかであるから、その提出先を問題にするまでもなく、右書面の提出によって更正の請求がなされたものとは、到底認めることができない。もっとも、成立に争いのない甲第三号証の一ないし三によると、東京国税不服審判所長は、本件更正に対する審査請求についての裁決において、右書面に記載された事項についても判断を加えている事実を認めることができるが、このような事実によっては右認定を左右することはできない。

そうすると、更正の請求がなされたことを前提とする控訴人の主張は、いずれも失当であるといわなければならない。

三  よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 長久保武 裁判官 加藤一隆)

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